もうかれこれ20年近く前になるだろうか
当時、日本いや世界を席巻してたマイケル・ジャクソンのJAPANツアーが決まった頃、大学生だった俺はサークル内に友里というものすごく好きな子がいた。
“マイケル.ジャクソン見たい”友里のその一言で俺はありとあらゆる伝手をたどりプラチナチケットを探していた。
会場は横浜スタジアム、アリーナのそれも前の方でなければマイケル・ジャクソンだか誰だか判別がつかない。今もそうだが、発売日の電話予約なんていつまでも繋がりやしない。
その時バイトしてた先に誰もが憧れる智美ってアイドル的な女の子がいた。
誰もが美人として認め、何人もの男が彼女のことを狙っていた。
俺にとってはあまりにも高嶺の花すぎて、恋愛感情とかそんなものはなく、ホント素の自分をさらけ出してバイトのシフトが同じ日は友達のように談笑してた。
心の中では“誰かがそのうちこの子の彼氏になるんだろうなぁ、やっぱりジャニ系顔の裕也が本命だろうな、誰が見ても理想のカップルだし”なんて思いながら…
ある日智美に俺がサークルに好きな人がいること、マイケル・ジャクソンのコンサートを見たがってること、そんな話をした。
そしたら、思いも寄らぬ言葉が…
“私、電通に知り合いいるからもしかしたらチケット取れるかもよ”
もう二つ返事でお願いした。2,3日後、また同じシフトに入った彼女にチケットはどうなったのって聞いてみた。
“ううん...もうチョット待ってて”なんとも歯切れの悪い言葉。
やっぱり手に入れるのは難しいか…半ばあきらめかけていた。
何日か後、シフトは違ったがバイト中の俺のところに智美が来た。“チケット取れたよ~”飛び切りの笑顔でチケットを振りかざす。
俺が喜ぶべきことなのにまるで自分のことのように喜ぶ彼女。
“その子とうまくいくといいね♪失敗したら許さないよ”
ホントいい子だわぁ。もう有頂天な俺はコンサート後に告白→カップル成立のゴールデンサクセスストーリーが脳内で出来上がっていた。
“おまえもきっといい彼氏が見つかるよ。俺が保証する。”
なんて高飛車なセリフまで飛び出す始末。
そして迎えたコンサート当日、席に向かう俺達はあらためて感激した。
アリーナの最前列ブロック!もう舞台は目の前!“こんな席よく手に入ったね♪”無邪気に喜ぶ友里。智美には心から感謝した。
友里のその笑顔隣でずっと見ていたいよ。
やがて公演がはじまりマイケルが舞台の下からせり上がって来た。
周りも俺達も熱狂の渦に飲み込まれていく…
始まりは“Start Something”
今の俺にピッタリだ。今夜これが終わった後、俺達は始まるんだ
おなじみの“スリラー”“ビリージーン”などの曲とダンスを間近て堪能し時間が過ぎていく。やがて公演終了。
周りの名残惜しさを打ち消すようにナイターに明かりが灯される
これから俺のステージが始まるんだ。
超満員のスタジアム、なかなか人ははけやしない。特にアリーナは後回し。やっと外に出られると、駅へは長蛇の列
“ちょっと話してから行こっか?”
スタジアムの回りの公園のベンチに腰掛ける
しばらく他愛もない話をしてたら、段々と人影もまばらに… 今しかない
“友里、もしかしたら気づいているかもしれないけど、俺お前のことが好きだ。付き合って欲しい”
俺のステージが始まった。いや、俺達のステージだ
色良い返事を期待し友里の顔を見上げると
“???” 明らかに戸惑った感じの友里
“いや…いい…今は返事しなくていいから”
内心そう思った矢先、友里の口から “気持はすごく嬉しい、でも1年前に別れた人のことまだ引きずっているんだ。だから、まだそういうこと考えられない”
当時流行っていたねるとん紅鯨団にしてみたら、まさに“大・どんでん・返し”だ。「友里が癒えるのをいつまでも待っているよ」そう言うのが精一杯だった
だが、その返事が返ってくることはなかった
ほどなくして友里はサークルを去った
風の噂で同じサークルの1年後輩の男と付き合ってると聞いた
チケットが取れたことで彼女の心を掴んだ気でいた俺は打ちひしがれた
それに追い討ちをかける智美の言葉
“もう、せっかくチケット取ったのにフラれたんだって?”
“あぁ”
“ちゃんと気持ち伝えたの?”
“あぁ”
“しつこいくらい言った?何なら今からまた言いにいけば?”
“もう無理だって…”
“バカ!意気地なし!チケット無駄にしてぇ!”
“ごめん…” きついよ智美
そんな傷心からやや立ち直りかけたある日、バイト仲間の謙二と話していた時のこと
“おまえ智美の話聞いた?”
“えっ?なんのこと?”
“そっか...”
“おいおい何だよ教えてくれよ”
“絶対智美には俺から聞いたなんて言わないでくれよ。いや、聞かなかったことにしてくれ!約束できるな?”
“約束する”
“おまえ智美にマイケルのチケット取ってもらっただろ?”
“あぁ”
“智美がどうやって手に入れたか知ってるか?”
“電通に知り合いがいるからって言ってたけど...”
“その知り合いなんだがな、智美にアプローチかけてるヤツなんだよ”
“・・・” 嫌な予感がよぎる
“智美何でもするからチケットが欲しいって手に入れたらしいんだよ”
“・・・” 次の言葉は聞きたくなかった
“チケットの代わりにそいつに抱かれたんだってよ”
“きっ...汚ねぇ...” もう正常の精神状態じゃいられない俺
“ごめん俺チョット早退するわ” タイムカードに向かう俺を謙二が制する
“どこに行くんだよ? おい!”
“智美と話してくる”
“チョット待て 約束と違うだろ!”
“ゴメン、でも知ってしまった以上話さないわけにはいかないし、まず謝りたい”
“俺だって悔しいんだよ!俺の気持ち知ってるだろ?それでも耐えてんだよ!謝ったって済んでしまったことはどうしようもないだろ!”
謙二が智美に好意を持っているのは聞いていた
謙二が今どんな気持ちでいるのか痛いくらいにわかる
でも、やっぱり智美には謝りたいし、電通の野郎をどんなことしても聞き出して1発喰らわせなければ気が済まない
“そんなことしなければならないならチケットなんていらないよ”
独り言のように呟いた
“謙二ゴメン!”
制止を振り切り、タイムカードを突っ込み俺はバイト先を飛び出した(次回へ続く)