今は美女のオマンコのモロの画像も動画もネットからいくらでも見れますが
パソコンもデジカメもDVDどころかビデオも無くテレビは白黒の頃、
それでもいつの世も助平はいっぱいいてそれなりに楽しんでいました
給料も安かったけど、温泉地や夜のビル街での立ちんぼと言う娼婦の値段も
一発数千円と安かった
裸の写真の載った雑誌などはあっても陰部はしっかり隠され
陰毛の一本でも見えたら発禁になるかなしさ
しかし表とは別にエロ写真と称して観光地の裏では白黒の写真が売られていたし、
8ミリフィルムのブルーフィルムがアングラで巷に出回っていて、
助平な連中が夜中に集まって部屋にスクリーンを張り電気を消して
室内を暗くして映画館の様な感じで鑑賞し、
勿論男だけではなく普通のご近所の夫婦も何組も唾を飲みもじもじしながらながら
それを見ている事などありふれていた。
今は掲示板への投稿やネット漏洩などで本人の意思かどうか知らないが
一般人の素人が自分の妻や恋人の裸、修正も無いモロのマンコや肛門、
そしてその性器が結合し汁も垂れた猥褻画像、動画が溢れ晒されているが
あの頃売られていた白黒写真にしろブルーフィルムはおそらくやくざが
娼婦とか舎弟を使い作っていた物だと思う、男はほとんど顔を隠していたし
とにかく本気さは全く無い陰湿な感じしかしなかった。
では昔、素人の裸など見る事も叶わなかったかと言うとそうでもない、
有り得ないと思う反面、今と全く違うのは家屋のつくりが貧相で雑で、
家の壁も戸も中の部屋も密閉性も防音も無いに等しく
夜中の性交の声があからさまに外に漏れ聞こえている事など何処にでもあったし
クーラーなど無いから夏場には外に面した襖も障子も開けて
ただ蚊帳を張った中で性交していれば、外から見えて当たり前、
便所も水洗等無いから臭気抜きに下に窓が開いており覗けば見えて当たり前
隣の奥さんのあそこが見たい、あの時の声が聞きたいと思えば、
少し努力すればいくらでも見えたし聞こえた、
けっこう近所の噂なんていくらでもあって
どこそこの夫婦は毎晩戸も閉めずにやってるだとかあそこの奥さんは
すごい声でよがり声をあげる、さぞ旦那のちんぼが太いのだろうなんて。
だから夜中その家に行って覗けば聞こえて見えるのだから
また、ラブホテルなど無いし住宅事情も悪いから家で出来ない夫婦は
町はずれの空き地、公園などでの青姦が多く当然それを覗く連中も多く
その名残の精液の入ったコンドームがいっぱい捨ててあり
それを子供が拾って訳も分からず風船風船!と言って
振り回して遊んでいた時代でした
私は妻と結婚しある家の一部屋を間借りして新婚生活を始めたとき
若いサラリーマンの夫婦が自分で家を持つなど考えられもしない時代
アパート、借家もまだ少なくて
間借りと言っても今の人には判らないかもしれないが、
その頃は良くある事で、普通の一軒家の一部屋を借りる訳で
一部屋を借りると言っても、壁で仕切られている訳でもなく
隣の部屋とはただ襖で仕切られた一部屋、そこの家族は
二階で寝ていて夜は一階には私達しかいなかったが
何か用事で降りて来て隣の部屋を通ったりする時に
私と妻がセックスをしていて妻が喘ぎ声を上げていれば
それは全くそのまま筒抜けに聞こえたと思うけれど
新婚と言う事を知っていて貸せてくれたのだから
そんな事は納得ずくだったと思うよりそんな事普通の時代
ただ、そこの中学生の一人娘には気の毒だったかも
便所も風呂もそこの家族と一緒、交替に入っていたが
へたをするとそこの奥さんや娘さんが
入っているのに戸をあけて裸やお尻を見た事も何度もあり、
当然私の妻も大家のご主人に見られた事も度々あった。
私は多少変態的な助平だと思っていたが妻はもっと直接的な助平だった
間借りの身でそこの家族に聞こえたらと言う遠慮も全く無く
朝晩セックスをしたがり私のちんぼを嵌めては大きな喘ぎ声を上げ
大家夫婦からはしっかり助平夫婦と思われたのは間違いない
でもそこの家主夫婦もまあかなり助平だと思った、と言うのは
二階の一番大きな部屋に、その頃まだ一般的ではなかったダブルベッドを
十畳間位の畳の部屋のど真ん中に置き窓もカーテンを張って暗くしてあり
何となく隠微な空気に溢れていたがその部屋を奥さんが「いいでしょう」
と自慢そうに見せるのはちょっと理解出来なかった。
ご主人は銀行員で良く出張しては、エロ写真や、ブルーフィルムを
鞄いっぱいに買って帰りそれを仕事の接待に使っていたようだが
写真もフィルムも私等夫婦にも良く見せてくれそれを見に集まる
助平夫婦仲間とも顔見知りになりました。
私はカメラの趣味もあって普通の写真の他妻のヌードもエロ写真も撮り、
自分で現像していましたが、その頃そんな映像を残そうと思えばそれしか
方法は無かったので多くの人は同じ様に自分で現像したのではと思います、
まだ投稿誌が有る訳でもなく、気の置けない友達に見せたりしましたが
その後ずいぶん後になってホームダイアモンド誌に出会うのですが
その頃はただ自分でそれを見て満足しているだけでした。
私は押し入れを暗室に使って現像し台所や風呂を借りて隠して水洗いしたり
乾燥するのはフェラ板と言ったと思うが
つるつるのピカピカの金属の板に印画紙を張り付け、ヒーターに張って
熱をかければパリパリと音がしてつるつるの光った表面の写真が出来る
まあとにかく時間もかかり場所もとって、写真が部屋じゅうに散らばって
いた時にそこの大家の娘が妻への用で部屋へ突然はいって来て
妻の裸やマンコをおっぴろげている写真を見つけられ
きゃーと言って逃げられて、困ったなと妻と顔を見合わせましたが
大家夫婦からは何の事も無く悪かったなと謝られ、次にはやっぱり、
私達にも見せてくれときて、妻も嫌がる様子もありませんから
しょうがないですね、とヌードも妻と絡んでる写真も見せました
暗に思っていた通り自分達も写真に撮っていると打ち明けられ、
その上「私は知り合いの写真館でDPEをして貰っているが良ければ
これをパネルにしてみないか」
と言い出され、びっくりもしましたが、興味もあり同意して
現像からその工程全部見せて貰うと言う事でご主人とそこへ行きました。
私の押し入れの暗室とはケタ違いの設備の中で、まあ一応今までの
フィルム全部持って行ったんですが、大きな機械でネガでも大きくなって
写真の内容が良くわかります。本職ですから批評もそれなりです
妻の寝そべったヌード写真ならまだしも。大きく股を開いて
オマンコ丸見えの写真も「これはこれからを期待している顔だね、とか
これは事後で満足しているのが良く判る」なんて批評され
そりゃあザーメンが流れ出ていれば誰だって後だと判ると思うが
人に見せても良さそうなもの数枚ととても人には見せられない物など数枚
今で言うとA2位の印画紙に焼きパネルに張ってもらい
ちゃんとパネルになると妻の顔もへえっっと思う位惚れ直す美人に見えます
ただ、オマンコ晒している写真はとても人前に飾る訳には行きません
パネルは十数枚作って貰いましたがお金の事を聞くといらないと言われ
パネルにした枚数以上の写真を焼いていますからそれでチャラなんでしょう
家に帰るとさっそく
思っていた通りご主人から何枚かそのパネルをくれないかと言われ
自分達のパネルと交換しよう言われ、例のベッドルームに連れて行かれ
そこの広いベッドルームの壁面のカーテンを開くと驚く事にそこには
奥さんのヌード、ご夫婦の絡みや、オマンコを晒しているパネルが
何枚も飾られていましたが、その中にはここに来る夫婦の写真もあり
その隙間についに、私達のパネルも飾られてしまいましたが、
それはそれは見るだけでも圧巻でした。
まあ類は友を以って集まるの通り、そこへ集まる夫婦達のエロ写真が
飾ってあった訳ですね。
それから後、ご主人から四十八手の写真を見せられ
その真似をした写真を撮ってみないかと言われやってみましたが
セルフタイマーではどうしてもうまくいかず、そう言うと
案の定じゃあ私が撮ってやると言う事になり、もう妻も判っていたようで
初めての時は緊張して居た様ですが根っから助平な妻はそれが刺激になり
それまで以上に腰を振り本気汁を流し、何かの体位をしようとしても
おいおい。それじゃあその体位にならないよと言われる始末でした
この妻の性癖を見てご主人はいっその事、本職に撮ってもらおうか
絶対出来が違うよ、と言われ、妻も嫌とも言いません?本当に助平です
その日にはその大きなダブルベッドの部屋で、照明も本格的で
何より大家さん夫婦とそれ以外にもブルーフィルムを一緒に見る
数組の夫婦までギャラリーで来ています、
私のちんこは縮み上がってましたが妻は上気しオマンコも濡れ濡れです
妻はさっさと私の股に吸いつきシックスナインを始めれば
なんとか私のちんぽも勃起して来ました
最初のうちは好きにやってと言われパシャパシャとストロボをたかれて
私のちんぽがしっかり勃起した頃から、色々注文をつけられ
色んな格好から最後はアクロバットの様なものまで撮られましたが
その間に妻は何度もアクメを感じていた様で、その妻の顔も
それこそ何十枚も撮られていました
出来上がりを見せて貰いにその時は妻も一緒に行きましたが
その四十八手もどきの写真は置いておいても
妻のアクメ顔の写真はせいぜい十人並みに点を付けた位の妻が
びっくりするほど綺麗に美しくパネルになっており
そのまま何かのコマーシャルにでも使えるのではと思うほどの出来でした
妻も満足したのか嬉しそうな顔をしていました。
その後もご夫婦の写真やそこに来る夫婦の写真は見せてもらいましたが
実際にその人達の前で裸で写真を撮られたのは私達だけでした。
子供が出来そこからアパートへ引っ越し
その後ホームダイアモンドと言う雑誌を知り
その本で文通やその様なエロ写真の交換を始めましたが
がっかりしたのはオマンコだけの写真ばかり送ってくる人が多かった事です
そんな物何一つ面白くも何ともありません
私は写真は顔も体も性器も皆映っている物が写真だと思っていました
家で始めた写真の交換も知っている人達とだから、たとえ結合部だけでも
顔を知っているあの奥さんとご主人だと判るから興奮するんですが
見も知らぬ人のオメコの写真を送ってこられても、チンコも立ちません
多くの人とやり取りはしましたが、私の希望の人は数人程でした
話は少し違いますが、
私はある程度大きな会社のサラリーマンで給料もまあそこそこで、
妻は専業主婦で三食昼寝付きの生活でしたし
大家さんやその類は友を呼ぶ助平仲間ともそんな事をする位の余裕はありましたが
その頃の町の個人商店と言うのは、聞けば
びっくりするくらい安い給料(その当時の私の小遣い位)で従業員を雇い、
しかも店主が勤めてる娘に手をつけるのなんか
当たり前だったと言う話です?
店主がタクシーで用事に出かけるのに従業員の娘一人を連れて出かけると
「ああ、あの子は今日やられる」と言う事だったそうですが
スズメの涙ほどの給料に多少の手当てが貰える様になったか
大事になっても、数十万で話がついたと言うから、
その頃の大店の店主にしてみればやりたい放題だったのでしょうね
今その反動で何処の商店街も落ちぶれてゴーストタウンなみですが。
(投稿者 戦後生まれ)
